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礼拝「心情の主体性」(2016/6/5)

2016/06/13

この日は第54回真の万物の日だったため、訓読は万物の日に関する箇所でした。
礼拝説教の要約をお届けします。

訓読

天聖経「第六篇 真の万物」
第一章 万物創造とその意味

9 被造世界は誰のために生じたのでしょうか。それは、「私」のためにあるのです。私たちに喜びを与えるためにあるのです。ですから、人間は自ら動機となって得た結果に対して、幸福を感じる環境を造らなければなりません。ここに、高次的な愛の理念へと発展させるためのみ旨があります。人間は、万物を愛し、万物は人間に美を返す境地に入るとき、人間は和動の中心体になります。皆さんが目指す生活、願う生活、それ自体が重要なのではありません。皆さんの現在の生活で、その中心を探さなければなりません。どんな方法を通して、その中心を探せるでしょうか。和動の中心体の位置を失ってしまい、堕落した「私自身」が、その位置を探そうとすれば、どのようにしなければならないのでしょうか。
 すべての存在物と比較して、それよりも大きければ主体になる、というのではありません。「私」は主体になるべきだという自信、言い換えれば、「あなたよりも優れていなければならない」という自信がなければならないのです。主体は絶対的でなければなりません。全宇宙が絶対的な主体と一つとなり、和動しなければなりません。皆さんは、そのような位置、すなわち万物を統合できる位置に、入っていかなければならないのです。

説教要約

今日は第54回真の万物の日ですね。
お供えも万物の日なのでとても豪華です。
とても大きなこのケーキは目黒家庭教会でパティシエされている兄弟が作ってくださいました。

それでは真の万物の日の意義につていお伝えしたいと思います。

万物主管は、第一祝福、第二祝福が完成された基台の上で初めて可能になります。
つまり、個性完成した男性と女性が神を中心として結婚し、夫婦が一体となって、家庭を形成し、真の愛を完成してこそ、万物に対する主管性が確立しますが、アダムとエバの堕落によって、万物は本来の愛の主人を失ってしまいました。

聖書に「今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けている」という聖句がありますが、万物は本来の主人を失い、嘆き悲しんでいる状態に陥ってしまいました。

しかし、真のご父母様が勝利され、「真の父母の日」と「真の子女の日」を制定されることによって、アダムとその家庭を中心として、失った万物世界を再び探すことができるようになりました。

すなわち、「真の万物の日」は真のご父母様と真の子女が一体となって万物に対する所有を決定し、これを宣布した日なのです。

また、真のお父様は1963年6月26日の天勝号進水式のときに、「きょうこの『天勝号』の進水式を挙げることは、天と地すべての勝利の出発になる」と語られました。

「真の万物の日」宣布の背景には、「天勝号」進水式の勝利があると言われています。

-礼拝説教